認知症の親に運転をやめさせるまで|説得は通じず、最後は鍵を隠しました

こんにちは、ずぼら主婦のわたしです。

父の認知症に気づいた決定打は、駐車場でした。母から「お父さんが買い物に出たけど、車をどこに停めたかわからないらしい」と電話が来て、迎えに行くと、8階まである商業施設の駐車場をうろうろと歩き回る父がいました。あの後ろ姿を見て、ようやく「病院に連れて行こう」と決めたんです。

ただ、正直に書きます。本当に大変だったのは、そこからでした。

「危ないから運転をやめてほしい」。この一言を伝えるのに、わが家は何度も失敗しました。そして最終的にわたしが選んだのは、話し合いではありませんでした。鍵を隠したんです。

きれいな解決ではありません。今でも「あれが正解だった」とは思っていません。それでも、同じ場面で追い詰められている方に、うちで実際に起きたことをそのまま残しておきます。

「危ないからやめて」が、なぜ通じないのか

調べると「話し合いましょう」「本人の気持ちに寄り添いましょう」と書いてあります。わたしもそのつもりで話しました。結果は、激しい抵抗でした。

あとから考えると、理由ははっきりしています。父にとって運転は、単なる移動手段ではなかったんです。買い物に行ける、病院に行ける、自分の意思でどこかに行ける——「まだ自分でできる」ことの、最後の証明のようなものでした。

そこへ家族が「危ないからやめて」と言う。本人の耳には「あなたはもうできない人だ」と聞こえます。父はもともと怒りっぽい人でしたが、認知症が進んでから特に強くなったのが、「ボケ扱いされた」と感じたときの怒り方でした。運転の話は、その地雷をまっすぐ踏みにいく話題だったわけです。

つまり、話し合いが下手だったから失敗したのではなくて、正面から言うほど本人が守りに入る構造になっていた。これは、うちが特別だったわけではないと思います。

結局、鍵を隠しました

説得を重ねても届かず、その間も父は運転を続けていました。事故を起こしてからでは遅い。誰かを巻き込んでからでは、取り返しがつかない。

それで、車の鍵を隠しました。正面から納得してもらうのを、途中であきらめたということです。

当然、父は激しく怒りました。探しました。家族を疑いました。穏やかに終わった話ではまったくありません。

ここは正直に書いておきたいところです。本人の同意を取らずに、家族が先に動いた——これは、後ろめたさが残るやり方です。介護の記事で「話し合いで解決しました」と書いてあるのを読むたび、うちはそうじゃなかったな、と思います。

それでも、あの駐車場の後ろ姿を見たあとに「本人が納得するまで待とう」とは、わたしには言えませんでした。待っている間に起きるかもしれないことのほうが、こわかったからです。

やめさせたら終わり、ではありませんでした

ここが、事前にはまったく想像していなかったところです。

運転をやめさせるというのは、父の足を家族が引き受けるということでした。病院、買い物、用事。それまで父が自分で行っていた場所へ、誰かが車を出す必要が出てきます。

わが家はきょうだいで分担できたので、まだ回りました。実家が同じ市内で、車ですぐの距離だったことにも助けられています。もしこれが遠方だったら、あるいはひとりで抱えていたら、正直どうなっていたか分かりません。

のちに介護保険を申請してデイサービスを使うようになると、送迎がついてくること自体が家族にとって大きな助けになりました。介護保険というと「本人のためのサービス」というイメージがありますが、実際に使ってみると、家族の時間を返してもらう仕組みでもあります。

申請の流れは親の介護保険申請の流れと期間にまとめました。わが家は家族の迷いで5ヶ月止めてしまったので、その失敗も含めて書いています。

今なら、先にこうすると思うこと

結果的にうちは力ずくになりました。同じ道を通る方には、その前に試せることを置いておきます。

  • 家族以外の口から言ってもらう。家族が言うと「ボケ扱い」に聞こえることでも、医師や専門職の言葉なら届くことがあります。うちが最初にやるべきだったのは、たぶんこれでした
  • 地域包括支援センターに相談する。介護の窓口ですが、運転の悩みも「よくある相談」として受けてくれます。無料で、まだ介護保険を申請していなくても相談できます
  • 「やめさせる」より先に「乗らなくて済む形」を用意する。足がなくなる不安が抵抗の中身の一部です。送迎の当番や移動手段の目処を先に立てておくと、話が変わってくるかもしれません
  • ひとりで決めない。悪者役をひとりが背負うと、あとの関係がしんどくなります。うちはきょうだいで話せたことに救われました

地域包括支援センターに相談したときの話は地域包括支援センターに相談したら気持ちが軽くなった話に書いています。「まだそんな段階じゃない」と思っていた時期のわたしに、一番読ませたい記事です。

なお、免許の自主返納や高齢者講習・認知機能検査の制度は改正が続いています。手続きや条件については、お住まいの地域の警察署・運転免許センターの公式情報を必ずご確認ください。この記事はあくまで「わが家の場合」です。

認知症と運転、制度ではどうなっているのか

感情の話ばかりでは動けないので、当時わたしが調べた範囲も残しておきます。制度は改正が続くので、必ず最新の公式情報を確認してください。ここは「そういう仕組みがあるらしい」という地図として読んでもらえたらと思います。

  • 75歳以上の免許更新には認知機能検査がある。更新のタイミングで検査を受ける仕組みになっていて、結果によっては医師の診断が必要になることがあります
  • 認知症と判断された場合、免許は取消し・停止の対象になり得る。「家族が取り上げる」以前に、制度としての枠組みがあるということです
  • 医師が公安委員会に届け出る制度もある。だから「主治医に相談する」は、家族にとって現実的な一手になります
  • 自主返納すると運転経歴証明書が交付される。身分証明書として使えますし、自治体によっては交通費の割引などの支援があります。「免許がなくなったら何も残らない」わけではない、と本人に伝えられる材料になります

ただ、正直に言うと——制度を知っていても、目の前の父を説得できるわけではありませんでした。更新の時期を待っている間にも運転は続きます。わが家が力ずくに踏み切ったのは、そこが理由です。

よくある質問

Q. 認知症と診断されたら、すぐ運転できなくなりますか?
A. 診断名がついた瞬間に自動的に、というものではなく、免許の手続きの中で判断されます。ただし「制度上まだ乗れる」ことと「安全に乗れる」ことは別問題です。うちが動いたのは、制度より先に、駐車場での父を見てしまったからでした。

Q. 家族が勝手に鍵を隠していいんでしょうか?
A. わたしも同じことを考えました。結論から言えば、うちはやりました。そして正しいやり方だとは今も思っていません。ただ、事故が起きてからでは取り返しがつかないという判断でした。可能なら、その前に医師や地域包括支援センターを挟んでください。うちはその順番を間違えたと思っています。

Q. 抵抗されて家族仲が悪くなりませんか?
A. 実際、父は激しく怒りました。関係が一時的にぎくしゃくしたのは事実です。それでも、きょうだいで「悪者役をひとりに背負わせない」と話せたことが救いでした。ひとりで決めて、ひとりで恨まれる形にしないことが、いちばん大事だと思います。

Q. 運転をやめたあと、本人はどうなりましたか?
A. 外出のたびに家族の予定が必要になり、そのぶん本人の行動範囲は狭くなりました。ここは正直、デメリットです。のちにデイサービスを使うようになって、送迎という形で外に出る機会が戻りました。

同じ場面にいる方へ

運転の問題がやっかいなのは、間に合わなかったときの代償が、本人だけでは済まないことだと思います。だから家族は焦るし、焦るほど正面からぶつかって、こじれます。

うちは、きれいに解決できませんでした。父は最後まで納得していなかったと思います。それでもあのとき鍵を隠したことを、後悔はしていません。

もし今、同じところで迷っている方がいたら——「本人が納得してから」にこだわりすぎなくていいと、経験した側からは言いたいです。納得してもらえるならそれが一番です。でも、待つことにも危険があります。

気づきから看取りまでの2年間は親が認知症になったら。気づきから介護保険、看取りまでの2年間全記録に、帰省したときに見てほしいサインは親の認知症サイン8つにまとめています。

最後まで読んでくれてありがとうございます。

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