求人票には、いいことが並んでいました。「未経験OK」「子育てとの両立がしやすい」「休みが取りやすい」「少人数でアットホーム」。
しかも正社員です。ボーナスがある。固定給。退職金もある。契約社員とパートしか経験のなかったわたしには、どれも手に入ったことのない条件でした。やったー、頑張るぞ——と意気込んで入社日を迎えました。
その期待は、入社初日の朝礼であっさり崩れ去りました。
結論から書くと、わたしはこの会社を試用期間の終わり近く、2〜3ヶ月で辞めました。そしてすぐ次を探して、いまは別の職場で落ち着いて働いています。
「家族経営はアットホームで働きやすい」と思っている方に、うちで実際に起きたことを書いておきます。
ここにたどり着くまでの、わたしの職歴
わたしは就職氷河期世代で、新卒の就活はとても苦労しました。地元の企業に就職したものの、男女雇用機会均等法の施行に伴って「女性も男性並みに働け!!」という空気に。毎日の残業も土曜出勤も当たり前の会社で、心が疲れて退職しました。
次はとてもいい会社で働けましたが、契約社員。結婚して妊娠したら、当時は産休も育休も取れず退職です。
しばらく子育てをして、パートとして働き始めました。そして子どもが大きくなったころ、もう一度だけ正社員に挑戦してみようと思ったんです。40代も後半に入っていました。
そこで応募したのが、この会社でした。
面接では、何も分かりませんでした
先に正直に書いておきます。わたしは、入社前にこの会社の異常さをまったく見抜けませんでした。
一次面接、二次面接と進んで、採用していただくことになりました。面接で知ったのは、創業者が会長で、その息子さん二人が社長と副社長という家族経営だということ。そのときは「へえ」くらいの受け止めでした。
面接での副社長は、穏やかで優しそうな雰囲気でした。従業員も少なく、人間関係のストレスは少なそうに見えました。求人票にも面接にも、危険信号らしいものは何ひとつなかったんです。
よく「面接でここを見れば分かる」という記事がありますよね。わたしの場合は、あてはまりませんでした。見抜けるものなら見抜きたかった。でも無理でした。だからこの記事では「入る前に見抜く方法」は書きません。書けないからです。
会社の空気を支配していたのは「副社長」だった
実際に会社を仕切っていたのは、副社長でした。そしてこの副社長が、とにかく気分屋で「圧」が強い。
- 機嫌が悪いと声が大きく、常に怒っているように話す
- 気に入らないと書類を机に叩きつける
- 特定の人には少しのミスでも「なんでできないの?」と詰める
入社して数日で、「ここは今までの会社とは違う」と悟りました。
初めての指導が、まさかの怒鳴り声
仕事のやり方を教えてもらっていたときのことです。他の社員さんとのやり取りがすごくて驚きました。
「だから言ったよね!? なんで聞いてないの!? 人の話、聞く気あるの!?」「お前」
デスクに書類を叩きつけられ、周りの空気が一瞬で凍りました。他の社員は皆、目を合わせないようにしている。「いつものことだ」と言わんばかりに、誰も助けに入りません。
わたしはその場で、自分の鼓動が早くなるのを感じました。(あ、ここ…長く働く場所じゃないな。)
家族経営の罠は「副社長の機嫌が会社の空気になる」こと
会長も社長も副社長も、同じ家族です。だから誰も逆らえないし、注意もできない。完全に「身内の常識が会社の常識」になっていました。
- 副社長が怒れば、全員が息をひそめる
- 副社長の意見は絶対
- 社長もフォローしない
- 何かあれば「あなたが悪い」にされる
普通の会社なら、上司がおかしければその上に相談する道があります。人事もあります。家族経営には、その「上」がありません。「家族経営=アットホーム」なんて幻想でしかなかった、というのが正直な感想です。
それでも、2〜3ヶ月は続けました
ここは書いておきたいところです。わたしは初日で逃げ出したわけではありません。
「もう少し頑張ろう」と思う気持ちは、ちゃんとありました。せっかく手に入れた正社員です。ボーナスも退職金もある。40代後半でこの条件をもう一度つかめる保証はどこにもない。ここで辞めたら、また振り出しに戻る——そう考えると、簡単には動けませんでした。
でも、体のほうが先に答えを出していました。
毎朝、会社に向かうのが憂うつになる。怒鳴り声が聞こえると、自分が言われているわけでもないのに、仕事中ずっと緊張したまま。副社長の機嫌をうかがいながら一日が終わる。
そんな日を積み重ねて、試用期間の終わりが近づいたころ、心の声がはっきりしました。
(ここで働いていたら、自分がおかしくなる。)
試用期間のうちに辞めました
直属の上司に、退職の意思を伝えました。
副社長は、わたしに何も言ってきませんでした。あれだけ大きな声を出す人が、辞める人間には一言もない。会長には「考え直せないか」と何度も言われましたが、気持ちは変わらず、無事に退職しました。
引き止められると揺れます。「そこまで必要とされているなら」と思ってしまう。でも引き止めているのは会長で、毎日となりで怒鳴っているのは副社長です。変わるのは環境ではなく、自分の受け止め方だけ——そう考えて、決めました。
履歴書には、書きませんでした
次の応募で悩んだのが、この会社を職歴に書くかどうかです。わたしは書きませんでした。
数ヶ月で辞めた会社を書くと、それだけで「またすぐ辞めるのでは」と思われるのが怖かったからです。実際、書かなかったことで面接がやりにくくなることはありませんでした。
ただ、これが正解だと言うつもりはありません。雇用保険や社会保険の加入記録から在籍が分かる場合がありますし、経歴の書き方は状況によって判断が変わります。気になる方は、応募先やハローワーク、エージェントなどに確認しながら決めてください。わたしは「わが家の場合はこうした」というだけです。
この履歴書の判断や、その後派遣会社に登録したときの話はこちらにより詳しくまとめています。
辞めたあと、すぐ次を探しました
間を空けませんでした。辞めると決めたあと、すぐに転職サイトに登録して求人を眺め始めています。
正直、落ち込んではいました。「正社員に挑戦して失敗した」という事実は残ります。でも求人を眺めているうちに、世の中にはこんなに会社があるんだと分かってきて、少しずつ気持ちが戻ってきました。あの2〜3ヶ月で、自分の職場が世界の全部みたいに見えていたんだと思います。
結果として、活動を始めてから約1ヶ月で次が決まりました。時給も上がりました。いまの職場では、あの緊張はありません。
そのときの一部始終は40代後半のパート主婦が転職に成功した話に、どこから探せばいいかは主婦の転職はどこから始める?に書いています。
ひとつだけ言えるのは、心がすり減っているときほど、書類や面接の準備を自分ひとりでやるのはしんどいということです。わたしは転職エージェントに書類を見てもらって、それにずいぶん助けられました。その話は転職エージェントを使ってよかった2つのことにまとめています。
いま思うこと:試用期間は、こちらが会社を見る期間でもある
辞めた直後は、自分を責めました。「もう少し我慢できなかったのか」「40代後半で贅沢を言える立場か」と。
いまはハッキリ思います。あのまま続けていたら、心の健康を失っていたと。
試用期間って、会社が「この人を採用していいか」を見る期間だと思っていました。でも違いました。こちらが「この会社で働き続けていいか」を見る期間でもあるんです。お互いに見ている。だからこそ、その期間のうちに判断できたのは正解でした。
入る前に見抜くことは、わたしにはできませんでした。求人票も面接も、何も教えてくれなかった。だから大事なのは見抜くことより、入ってから「これは違う」と気づいたときに、動けるかどうかだと思っています。
自分を守るために辞めるのは、悪いことじゃありません。いま同じ場所で息をひそめている方に、これだけは伝えたいです。
最後まで読んでくれてありがとうございます。


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